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東京高等裁判所 昭和45年(う)1575号 判決

被告人 王長徳

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(控訴の趣意)

弁護人竹下甫提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第一点事実誤認の主張について

一、原判示第一の事実について

(一)  所論は、被告人は、原判示定期預金を媒介するに当つて塩谷朝一等と共謀した事実はなく、また、被告人が、小樽信用金庫札幌支店に対し、小日向正春が四、〇〇〇万円の定期預金をすることを媒介したのは、原判決認定のように右金額が、株式会社道央水産ビルデイングに対して融資されることを認識してなしたものではなく、右会社取締役武田庄司からの依頼により、小樽信用金庫札幌支店の預金額を増加する目的でしたに過ぎないものであるから、いずれにしても、原判決には事実誤認の違法がある、と主張する。しかしながら、(証拠略)を総合すると、被告人は、昭和四二年四月上旬東京の被告人事務所で、塩谷朝一から札幌市所在株式会社道央水産ビルデイング(以下道央ビルと略称する。)の常務取締役武田庄司を紹介され、同人から道央ビルの事業資金を得るため、道央ビル代表取締役社長佐藤孫作振出しの金額一、〇〇〇万円の約束手形の割引を依頼されたが、右手形が不備のため目的を果すにいたらず、同月九日ころみずから札幌市に赴き、武田庄司の案内で道央ビルが札幌駅前に建築中のビルデイング等を視察して帰京し、武田のため道央ビルに融資してくれる金主を物色した結果、具次竜がこれに応ずる意向を示したので、同月一一日ころ同人を伴つて再び札幌市に赴き、同人を前記武田及び、小樽信用金庫札幌支店長佐藤公明に引き合わせたが、手形に小樽信用金庫理事長の保証書を得ることが困難であつたり、前記札幌駅前のビルデイングがまだ道央ビルの所有になつていなかつたことなどのため、商談がまとまらなかつたこと、同日同市内ロイヤルホテルで、被告人から改めて武田に対し、道央ビルに融資の目的で小樽信用金庫札幌支店に一億円のいわゆる導入預金をすることの話が持ち出され、前記佐藤支店長もその座に加わり話合いの末、被告人が、道央ビルのため小樽信用金庫札幌支店に一億円の導入預金をする金主をさがし、その金主に対し道央ビルから年一割二分の割合による裏利息ないし謝礼を支払うこととなり、武田から北海道拓殖銀行札幌支店振出しの金額一、二〇〇万円の小切手が被告人に渡され、被告はそれを持つて帰京し、これをいつたん東京産業信用金庫渋谷支店に沢田睦名義の普通預金口座に入れて保管し、ついで、被告人は、塩谷朝一とともに間一朗に会つて、小樽信用金庫札幌支店に一億円を一年間九分の裏利息で預金してくれる人はないかなどと導入預金者の物色方を依頼し、間一朗は、さらにいわゆる導入屋の原田式助に右の依頼をした結果、小日向正春が四、〇〇〇万円の定期預金に応ずることを知り、同月一五日被告人は、東京産業信用金庫渋谷支店の沢田睦名義の前記普通預金口座から現金四八〇万円を払い戻し、塩谷朝一、間一朗、原田式助、及び同人らと同様その情を知つている石井照俊等とともに国電鶯谷駅付近の小日向正春の事務所に赴き、話合いの結果、小日向が六か月間九分の裏利息で四、〇〇〇万円を小樽信用金庫札幌支店に定期預金することとなり、被告人から小日向に対し裏利息として三六〇万円を支払つたこと、同日被告人は、小日向夫妻及び塩谷等と同じ飛行機で札幌に飛び、小日向の意を受けた妻と被告人とが前記小樽信用金庫札幌支店に行き、支店長佐藤公明に会つて、右小日向の妻から現金四、〇〇〇万円を佐藤に手交して、これについての六か月定期預金が組まれ、同女は佐藤から同信用金庫発行の定期預金証書(二、〇〇〇万円づつのもの二枚)を受け取つて他の者らと共に帰京し、他方、同信用金庫では右定期預金にかかる債権を担保にとることなく、道央ビルに対し右四、〇〇〇万円の資金を融通したことを認めることができる。してみれば、以上の経過からみて、被告人は、当初から武田の依頼により道央ビルのため融資することを目的として奔走し、その目的を達するため道央ビルから導入預金の預金者に対する裏利息等として一、二〇〇万円の資金を準備したうえ、その内から三六〇万円を正規の利息以外の裏利息として小日向に渡し、同人をして四、〇〇〇万円を小樽信用金庫札幌支店に期間六か月で定期預金させるに至つたことは明らかであるから、被告人において、右四、〇〇〇万円の定期預金が道央ビルに融資されることを認識していなかつたと考えられる余地は到底ないのである。

被告人は、佐藤公明が同信用金庫の理事長となることを希望し、その実現を期するため、同金庫札幌支店の預金成績を挙げる目的で預金をあつ旋した、と供述しているが、前記のような経緯に照らし右供述は採用し難く、また、前記関係各証拠によると、被告人、塩谷朝一、間一朗、原田式助、石井照俊の間で小日向正春から前記導入預金を得るため順次共謀がなされた事跡もこれを明認することができる。

(二)  次に所論は本件四、〇〇〇万円は、原判決のいうように小樽信用金庫札幌支店に定期預金として正規に受け入れられたものではなく、預金者には正規の預金証書が交付されたが、信用金庫内部では右預金額は帳簿に記載されないのはもち論、金員自体も入金されていないから、これをもつて正規の預金があつたということはできない。したがつて、本件は預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条二項には該当しないから、この点において原判決は事実を誤認した違法がある、と主張する。

しかしながら、前記各証拠のほか、(証拠略)によると、本件の四、〇〇〇万円は、小樽信用金庫札幌支店において、預金者小日向正春の妻から同支店長佐藤公明に期間六か月の定期預金として交付され、これに対し同支店名義の正規の定期預金証書がその権限のある右佐藤によつて作成交付されたことが認められるから、これによつて右定期預金契約は有効に締結されたものというべく、たとえ、同信用金庫の預金原簿には右全額ではなく少額の預金額しか記載されておらず、また、右預金の内金二、〇〇〇万円は、道央ビルの北海道拓殖銀行の預り金流用の穴埋めに当てられ、残り二、〇〇〇万円は、道央ビルの小樽信用金庫札幌支店における当座預金口座に振り込まれた事実があつたとしても、それは、右定期預金契約締結後における同信用金庫内部の事務取扱上の問題であるに止まり、これについて当の佐藤支店長の責任が追及されることあるは格別、本件四、〇〇〇万円につき定期預金が取り組まれたこと自体に消長を及ぼすすじ合いのものではない。(ちなみに本件四、〇〇〇万円の預金は、多少の経緯はあつたがその後小日向に払戻されたものである)したがつて、原判決が右定期預金契約の成立を前提として前記法律二条二項に該当するものと認定したのはもとより正当である。

二、原判示第二の事実について

所論は、原判決は、被告人が前記武田庄司から導入預金の裏利息、謝礼などの支払いにあてるため受領し、東京産業信用金庫渋谷支店に沢田睦名義で預入れ保管中の七二〇万円を、擅に払戻しを受け着服横領した、と判示するけれども、被告人が右金員を流用したのは、武田の承諾を得てしたものであるから横領罪は成立しない、と主張する。

しかしながら、原審記録を精査し、(証拠略)を検討しても、武田が、被告人に対し、右七二〇万円の流用を承認したとの事実はこれを肯認することができない。そればかりでなく、かえつて、それらによると、被告人は、武田庄司に道央ビルのため一億円の導入預金をあつ旋することを引き受け、預金者に対する裏利息、あるいは謝礼として、年一割二分位の割合による金員が必要であるといつて、同人から一、二〇〇万円を預かり、これを同人のためいつたん東京産業信用金庫渋谷支店に沢田睦名義の普通預金口座に入れて保管し、その内四八〇万円を払い戻し裏利息等の準備としたのであるが、結局、小日向からは金四、〇〇〇万円の導入預金しか得られず、しかも裏利息として六か月分九分の割合による三六〇万円を支払つたことが認められる。したがつて、右預金残額の七二〇万円は、右の経緯から明らかなように、一億円の残額六、〇〇〇万円の導入預金に対する裏利息等にあてる以外は、みだりに被告人自身のための他の用途に流用することは許されない約旨のものであつたといわなければならない。そして、また、現に前記武田は、被告人が、前記のような趣旨の下に一、二〇〇万円を預かつておきながら、四、〇〇〇万円の融資しかできなかつたことに憤慨し、同年四月一五日ころ以後被告人とは口もきかなかつたことが窺われるから、これらに徴しても、同人は、被告人が右残額七二〇万円を自己の用途に流用するなどということは全く予想もしていなかつたことが推認できるのである。したがつて、たとえ、所論のように被告人が右七二〇万円を自己の用途に流用した後になつて、武田あるいは佐藤公明に対し残金の精算方を申し出た事実があつたとしても、(しかし、それは今日まで実現されない。)それがため予め武田から残金の流用につき承諾があつたものと臆測することはできない。被告人の検察官に対する供述、あるいは原審公判廷の供述中右に反する部分は採用することができない。

以上のとおりであつて、原判決には所論のような事実誤認の違法は認められないから、論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点法令の適用の誤りの主張について

所論は、いわゆる導入預金は法律で禁止され、その違反は犯罪を構成し、公序良俗に反する行為であるから、その用に供する資金として供与された本件七二〇万円は、民法七〇八条にいう不法原因給付に該当し、法律上返還請求のできないものである。したがつて、刑法上も保護されるいわれがないから、これに対しては横領罪は成立しないと主張する。

よつて按ずるに、本件の七二〇万円は、預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条一項によつて禁止されたいわゆる導入預金に対する謝礼等に使用する趣旨で武田庄司から被告人に交付され、被告人においてこれを東京産業信用金庫に預入れ保管中のものであるが、民法七〇八条の不法原因給付とは、行為の実質上公の秩序又は善良の風俗に反する原因に基く給付を言い、いわゆる導入預金契約ないしその媒介の禁止のように、とくに経済政策的な見地から前記法律二条の限度において禁止されている行為の用に供する目的でなされた給付については、いまだ民法七〇八条の適用はないものと解せられるから、右と同一の見解の下に本件の七二〇万円につき横領罪の成立を認めた原判決は正当である。なお、仮りに本件七二〇万円が民法七〇八条にいう不法原因給付に該当するという見解に立つとしても、刑法二五二条一項の横領罪の目的物は、単に犯人の占有する他人の物であることを要件としているのであつて必ずしも物の給付者において民法上その返還を請求し得ることを要件としていないから、本件七二〇万円につき、たとえ前記武田が道央ビルのために民法上被告人に対し返還請求をすることができないとしても、その金員が道央ビルの所有に属するものであることが明らかである以上、横領罪の目的物となり得ないものではない。(昭和二三年六月五日最高裁判所第二小法廷判決参照)したがつて、いずれにしても原判決が右七二〇万円に対し横領罪の成立を認めたのは正当であり論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する

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